「ない」が分からない
ここ数日、母の言うことにショックを受けてしまい、
もういやだーとか、いっそ死んでしまいたいとか色々思っていた。
今日もいやいやながらに帰宅して、母と弟にさんざん
「お前はおかしい」とか、「きちがいだ」とののしられてふと気が付いた。
(というか、前提として私がおかしいということはまずありえず、大抵この二人がおかしいのだが)
母は、何かが「ない」こと、もしくは、何かが「ない」という状態自体を忘れてしまっているのか、
認識できていない。
そういえばちょうど一年位前、愛用の化粧品(化粧水とか日焼け止めの類)を
いくつもいくつも買ってきてしまう、ということがあった。
その頃きっと、彼女の思考回路は、
「ない」→「買ってこないといけない」→「買ってきた(もう買う必要はない)」
のうち、「買ってきた」を忘れてしまっていたのだと思う。
今回は既に、「ない」→「買ってこないといけない」の流れのうち、明らかに、
矢印部分で既に欠落していて、更に言えば「ない」ということ自体認識できていない。
本当は、「ない」→(「なくなったから空になったものを捨てる」)→「買ってこないといけない」
という流れかもしれない(この辺、人によると思うけど)。
が、
「なくなったから空になったものを捨てる」を実行したあとで、
「買ってこないといけない」が出てこないどころか、
「ない」ということ自体が分かっていないような様子なのだ・・・。
最近、ものにもよるのだが、明らかに「ない」のに捨てられていないものがあちこちにあった。
単にものぐさ(誰かが捨てて、新しいものを出してくれることを期待している)というのではなく、
「ない」が認識できなくなった
ということなのだ・・・。
(弟が気付かないのは単にものぐさ)
ということに気付いた瞬間、涙が止まらなくなってしまった。
かわいそうだ。
彼女は認知症(orアルツハイマー)で、悪くなる一方なのだということを思い知った。
昨年からおかしいところがあったのに、病院にいっても悪いところはないといわれた。
そこですごすご引き下がっていたのが間違いだった。。。
今にして思えば、明らかにそれまでと様子が違っていた。
私に対して色々言ってくるのは、何かに気付いて欲しかったのかもしれない、
と思うと、余計に泣けてきた。
そして他の家族は気付いてあげられないのだということも、実感した。
そもそも化粧品とか、水周りのことを、男性陣が分かるかということもあるかもしれない。
注意深く見てあげなければ、見逃してしまう。
母が言っていることは、字面どおり受け止めるのではなく、
その裏に何かがあると思って日々すごさなければならないのだと痛感した。
ここから本当に悪くなる一方なのか、改善策はないのかというところが気になりつつ、
悶々としたまま朝を迎えそうである。。。→明日の仕事に差し支えそうだ;
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